盛岡バスセンターの今、昔、そしてこれからを
様々な視点で読み解くルポルタージュ
vol.3 ホテル編
「はじまりへの期待、『MAZARIUM(マザリウム)』」
「人と地域の魅力をつなぐ」、というミッションを掲げる盛岡バスセンター。ここを拠点に全方位へ動きだす人々が、未知の景色を空想するのにぴったりな宿泊施設、盛岡にやってきた人々が心身を癒す温浴施設が、3階フロアに誕生する。それらのアートプロデュースを手がけるのが、株式会社ヘラルボニーだ。
◆株式会社ヘラルボニー
「異彩を、放て。」をミッションに掲げる福祉実験ユニット、株式会社ヘラルボニー。共同代表を務める双子の兄弟、松田文登氏と崇弥氏が2018年に設立した。2021年4月、盛岡市に本社兼ギャラリーを開設。全国・海外各地の福祉施設に在籍する知的障害がある作家のアート作品を、ファッションやインテリア、生活アイテムなどのプロダクトに商品展開し、障害のイメージ変容、福祉を起点にした新たな文化創造をめざす企業だ。ネクタイから始まり、シャツやスカーフ、ハンカチ、バッグ、企業とのコラボ製品、建築物の壁面デザインなど提案の幅を広げている。
「ヘラルボニー」の社名は自閉症である彼らの兄・松田翔太氏が、幼少期にノートに記した言葉に由来。「一見意味がないと思われるものを世の中に新しい価値として創出したい」という意味を込めている。
福祉実験ユニット「ヘラルボニー」のロゴ。その名前は、同社の活動が広がることで県内でも認知されつつある。
盛岡の歴史に、
新しい文化をプラスするホテル。
2018年に設立した株式会社ヘラルボニーは、障害のあるアーティストとライセンス契約を結び、その作品をファションや生活アイテムにデザイン展開している。ここ数年で、多方面から注目されている地元企業だ。すでに全国へ事業展開しているが、地元ホテルのアートプロデュースを担当するのは初めて。「貴重な機会をいただいた」と話す、同社広報の玉木穂香さんに企画の詳細を伺った。
2021年春、盛岡市菜園にオープンした本社兼ギャラリーでは、作家たちの複製画、商品の展示販売を行っている。
「バスセンターが建つ場所は、南部藩の城下にあり、盛岡のルーツにも関わり深いエリア。バスセンターのコンセプトを受けて、客室、ラウンジ、温浴施設の空間を弊社がキュレーションしたアート作品でトータルプロデュースしています。計画初期段階から、弊社も話し合いに参加し、ホテルのみならずバスセンター全体と地域との関わり方を考えながら、提案をさせていただきました。昔ながらの歴史を継承し、さらに新しい文化、盛岡の体験創造ができるホテルをめざしています」。
客室で過ごす時間が、
ひとりの作家との出会いに。
アートプロデュースの計画がスタートしたのは、ヘラルボニー設立後まもない2019年頃だったという。当時、ファッションブランドとして地域に認識されはじめた同社にとって、“ホテルとコラボレーションしたアート”は未知の分野だった。
ホテル「MAZARIUM(マザリウム)」のコンセプトは、「まざる、うむ、はじまりのホテル」。さまざまな価値観やライフスタイルを、地域の魅力とかけ合わせながら、新たな滞在体験を生み出し、盛岡をさらに元気にしていく。そんな「はじまりの場所」をめざし、全34室のうち8室がヘラルボニーのプロデュースによるアートルームになる。
では、利用者は実際どのようにアートを楽しめるのだろうか。8室には、それぞれ県内在住8人の作家名がついており、各作家の代表的なアートに触れることができる。チェア、クッション、ベッドスロー、ファブリックパネル、シェード、カーテンなどが配された空間は、まるで小さな個展会場をのぞくようだ。
客室の完成イメージ(実際のものではありません)。
玉木さんによれば、同社とライセンス契約を結ぶ作家が数多くいる中、今回はホテルの部屋を彩るという視点から、部屋との調和や色合いなどを吟味してそれぞれの作家の特色が表れている作品をセレクトしたという。花巻市の「るんびにい美術館」に在籍する佐々木早苗さん、八重樫季良さんなど、ヘラルボニーのデザインを代表する作家はもちろん、初のアートプロダクト起用となる昆弘史さんの客室にも注目だ。8室のアートルーム宿泊料には500円のアーティスト料が含まれ、作家や福祉施設の活動資金として還元されるスキームになっている。
花巻市「るんびにい美術館」に在籍する作家の皆さんと。
『MAZARIUM』から、まちへ、明日へ。
「障害のある作家が描いたアートは、”障害があるから”というバイアスのかかった評価になることも少なくありません。ここでは、ホテルという一般に開かれた場所で、純粋にフラットに個々の作品を見ていただきたい。何も知らずに盛岡を訪ねて素敵なアートだなと思ってみたら、障害のある人のアートだったというくらいに」。
『MAZARIUM』が生む、新しい価値への期待を話す玉木穂香さん。
入社2年目という玉木さん。仕事を通じて知る障害×アートという領域は、常に新しい気づきがあるそうだ。「福祉や障害にたいする人々の認識はまだまだ閉塞的で、当事者や専門的な知識がある人でないと触れてはいけないのでは?と思ってしまいがちかと思います。けれど、いろんな方々が過ごすホテル『MAZARIUM』が起点となって作家の作品に触れ、そこからまちなかを歩いてみようとか、花巻のるんびにい美術館にも足を伸ばそうとか、障害のある人のアートをもっと知りたいというきっかけが生まれたらいいですね。若い世代は、新しいものが都会にしかないと思ってしまいがち。もともとある“地域の価値”に目を向けてもらうフックの一つが、『MAZARIUM』ならば理想的です」。
同社のプロデュースはホテルの室内に加え、エントランスのタペストリーや温浴施設ののれんなどにも及ぶ予定だ。さらに、ホテルの客室以外のさまざまなアイテムにアート作品を展開できるよう、2022年8月末からクラウドファンディングもスタートしている。